奇皇后|実在人物・ドラマ情報・見どころ・感想・動画配信サービスは?

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奇皇后

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韓国ドラマ「奇皇后」ー物語の舞台・登場人物について

韓国ドラマ「奇皇后」の時代背景は?

奇皇后は、高麗時代、14世紀の元朝最後の皇帝である順帝トゴン・テムルの皇后になった実在の人物です。

しかし、番組の冒頭で、「実在人物ですが、ストーリーは、フィクションです」

と、説明が入ってから、ドラマがスタートしますので、ほかにも、廃位された高麗王ワン・ユ、タルタルなど、モデルとなった人物がいるのでは?

とネットで噂になっていますが、奇皇后を含め、その人物の存在のモデルはあっても、性格・行動・事件などは、すべては、フィクションと言えます。

しかし、史実通りの時代背景として、高麗は、元に服属し支配されている時代で、貢女や貢物を元に贈る立場であったこと。

高麗の王族は、元に人質として連れて行かれることも多く、元の許可がなければ、高麗の意志で高麗王を決めることすら出来なかった・・・という時代背景があります。

そして、高麗が、かつて元との30年間に渡る長い戦いで負けたのち、高麗王は、”元に忠誠を誓う”と意味を込めて、王の名前に”忠”の文字を入れるようになりました。

その頃の高麗王の名前が、以下の通りです。
元宗1259-1274 (モンゴルに服属、武臣政権終了) / 忠烈王1274-1298 / 忠宣王1298 / 忠烈王(復位)1298-1308 / 忠宣王(復位)1308-1313 / 忠粛王1313-1330 / 忠恵王1330-1332 / 忠粛王(復位)1332-1339 / 忠恵王(復位)1339-1344 / 忠穆王1344-1348 / 忠定王1349-1351 /恭愍王1351-1374(奇皇后の高麗の家族を誅殺

ご覧のように、この中に、復位の文字が4回も繰り返されています。

このような時代だったからこそ、韓国ドラマ「奇皇后」の廃位された高麗王ワン・ユの望みは、”復位”というのも、当時は、よくあった時代背景と言うことになります。

また、ワン・ユは、”忠恵王”がモデルになっています。父と王位を交代している流れや、その在位期間も似たような設定で、ドラマ化されていました。

ハ・ジウォン演じる【実在の奇皇后】とは、どんな人?

ドラマと同じく、史実でも、高麗人の奇子敖(キ・ジャオ)の娘で、高麗貢女として元廷に献上された女性で、宮女として順帝トゴン・テムルの食膳の給仕などの世話係をしているとき、順帝に見初められ寵愛を得た、とあります。

復讐のため、ペガン長官の養女となって側室になることで宮廷に入宮するというのは、フィクションですね。

復讐のきっかけとなった「殺された側室のパク・オジン」の存在を示すものはありません。復讐がらみの設定の多くが、フィクションなんでしょうね!

 

そのほかにも、ハ・ジウォン演じる奇皇后のドラマの中で、皇后が意地悪く側室をいじめる場面が多くありましたが、史実の奇皇后も、皇后からたびたび嫌がらせを受けていたようです。

史実の年表からみると、順帝が即位(1333年)の2年後(1335年)には、”嫉妬深い皇后は、兄の謀反の罪により死罪”とあります。

そして、皇后死去後に、モンゴル系民族の皇后(コンギラト部出身のバヤン・クトゥク《伯顔忽都》皇后)が冊立され、奇皇后は、次皇后となります。

韓国ドラマ「奇皇后」にもありましたが、”血筋”というのは、大事なこと!

特に、国を受け継ぐ可能性のある皇太子となれば、尚更でしょう。

奇皇后の生んだ「アユルシリダラ」は、高麗人の血が流れているため、当時、皇太子にすることを反対した勢力がいてもおかしくありませんね!

そういえば、韓国ドラマ「奇皇后」第38話に、タナシリル皇后が死罪になった後、ペガン丞相の姪が正皇后になる場面があったわ!
高麗の血筋を、正皇后にはできない!」という理由だったわね!

史実のバヤン・クトゥク《伯顔忽都》皇后は、嫉妬もせず、慎ましやかな人柄で、皇子を1人生んでいますが、2歳で逝去しています。

一方、史実の奇皇后は、順帝の寵愛を得て、皇子アユルシリダラを生み、皇子は1353年皇太子に冊立されています。これ以後、奇皇后は元朝皇太子生母として権勢を振るうようになります。

次皇后・正皇后時代の奇皇后は、韓国(史実)では”悪のイメージ”?

元朝次皇后という地位は、当時、高麗王よりも高位であったため、高麗にいる奇皇后の実兄奇轍チョル)は、爵位徳城府院君を授けられ、キ・チョルも、高麗朝廷で権力を振るいました。

>>>韓国ドラマ「シンイー信義ー」のキ・チョルがイメージに近い?

1351年、反元の志を密かに抱いて高麗王に即位した恭愍王は、キ・チョルの横暴を快く思わず、1356年に奇氏一門誅殺する、という王命を下しました。

これを恨んだ奇皇后は、恭愍王の廃位を順帝に働きかけ、皇太子にも「祖父の仇を取れ」と吹き込んでいたそうよ!

奇皇后の働きかけにより、1363年、順帝はついに高麗王31代恭愍王を廃位。当時元の都(大都)に滞在していた高麗王族を高麗王とする勅書を発し、兵1万を付けて高麗に向かわせました。

しかし、鴨緑江を超えた元軍は高麗の伏兵にさんざんに打ち破られて逃げ帰り、高麗軍に敗北となりました。

歴史上の時期的に、その当時、倭寇や紅巾の乱などで活躍していた「イ・ソンゲ将軍」や「チェ・ヨン将軍」が率いる高麗軍が、北方で高麗を守ったのではないか?

という見方もありますが、確かな記述は見つかりませんでした。

一人の貢女が、高麗王を廃位に追い込み、母国に軍を向かわせるほどの権力を得ていたのですから、ドラマ同様、本当の奇皇后も、凄い女性としか言いようがありませんね。

このような経緯から、兄のキ・チョルと奇皇后兄妹は、韓国史で、悪いイメージとして定着しており、ハ・ジウォン演じる好印象な奇皇后には、韓国では違和感を覚えた人も多かったそうです。

もう一つの、奇皇后の悪いイメージとなっているエピソード②

1360年代、正皇后バヤン・クトゥクが死去したことにより、次皇后の地位にあった奇皇后は、ようやく正皇后に昇格。

正皇后バヤン・クトゥクの死後、その宮室に行き、慎ましく暮らしていた前皇后の衣服は破れを繕ったようなものばかりで、奇氏は「正皇后がこんな服ばかり着ていたのか」と大笑いした。
引用元:「Wikipedia」

とあり、その品位は、韓国ドラマ「奇皇后」でハ・ジウォンが演じるものとは、程遠いものであったことが伺えます。

また、史実によると、奇皇后は、政治に身を入れず酒色に耽る順帝に愛想を尽かし、皇位を息子の皇太子アユルシリダラに譲位させたがっていました。そこで、1365年には偽勅を発してココ・テムルの軍を動員し、順帝に迫ろうとしたこともあったということです。

正皇后になったとたん、高麗王を廃位し、軍を向かわせ、皇帝陛下にも、軍を動員するなど、後宮でありながら、権力の凄さを感じますね!

史実の奇皇后は、元の国の皇后として、努力したことは?

次皇后時代のエピソードとして、

奇氏も暇をみては女孝経や史書を紐解く賢女で、飢饉で多数の死者が出たときには私財を投じて餓死者の埋葬や供養に当たったとされる。
引用元:「Wikipedia」より

とあります。

韓国ドラマ「奇皇后」のように、非常に賢い女性で、策略家でもあったのかもしれない印象を受けますね。

「飢饉で多数の死者が出たときには私財を投じて餓死者の埋葬や供養に当たった」とされる行いは、一見、国母として素晴らしい行いのようにも見えますが、

先ほどの皇后の死後、嘲笑った品位からすると、「国民を大事に思う行為」なのか、それとも「元の国民の支持を得るための行為」だったのか、判断は分かれるところでしょう。

しかし、貢女であった女性が、後に、軍を動員できるほど、周囲の者を味方に付けていったところをみると、自分の地位を盤石にするため、様々な手段・謀り事をしていた可能性は十分にあるのかもしれません。

チ・チャンウク演じる【皇帝:タファン】の実在した皇帝は、どんな人物?

モデルとなっている皇帝は、モンゴル語で、トゴン・テムルという実在人物です。

しかし、出生は、1320年。在位期間は、1333年ー1370年とありますので、13歳で皇帝に即位したことになります。

韓国ドラマ「奇皇后」では、即位の時、すでに成人していますが、実際には、まだ子供だったんですね!

即位に至るまでの史実の流れは、父:明宗(コシラ)の急死により、父の弟になる文宗(トク・テムル)が即位します。

その時、文宗の甥になるトゴン・テムル(韓国ドラマ「奇皇后」のタファン)を、宮廷から遠ざけるため、初めは高麗の大青島、次いで広西の静江府に流された。

として、史実に残されています。

韓国ドラマ「奇皇后」のプロローグにもあったタファンが高麗に流されるストーリーは、史実を基にした出来事だったんですね!

文宗が29歳の若さで崩御すると、文宗が、兄明宗(コシラ)の子を即位させるように遺言を残していたため、トゴン・テムルの弟:イリンジバルが即位しますが、わずか2ヶ月で崩御したそうです。

次の皇帝についても、ブダシリ皇太后(文宗の皇后)が、遺言に従い、明宗の子であるトゴン・テムルを推挙したため、トゴン・テムルが広西から召還されました。

文宗の即位以来、政権を掌握していたのは、エル・テムル将軍。

エル・テムル将軍は、ドラマ中の”ヨンチョル丞相”のモデルになった人物と思われます。

タンキシュ、タラカイという二人の息子と、娘に、トゴン・テムルの皇后ダナシリがいます。

 

【エル・テムル将軍について、史実とドラマの違う点】
しかし、エル・テムル将軍のドラマ上の扱いには、違いがあります。

実在のエル・テムル将軍には、明宗毒殺説がある点は、同じなのですが、

既に13歳となっていたトゴン・テムルが皇帝に即位すれば、自らの政治的権力が低下することを恐れ、その即位を妨害し、トゴン・テムルが大都に到着した後も、約半年間即位は延期した程度だったんです。

1333年春、エル・テムル将軍の病死により、ようやく即位することができたということです。

ドラマ的には、明宗毒殺説をもっと膨らませて脚色し、エル・テムル将軍に悪役として活躍の場を増やし、フィクションの事件を多く作り出していったようです。

エル・テムルの死後は、バヤンが中書右丞相に就任。バヤンは、韓国ドラマ「奇皇后」のペガン丞相のモデルとなった実在人物と思われます。

エル・テムル(ヨンチョル丞相のモデルとされる人物)の子であった左丞相テンギスによる反乱を鎮圧し、ダナシリ皇后に鴆毒を飲まされて死罪を実行したのも右丞相のバヤンによるもので、その後、トゴン・テムルが奇皇后を正皇后にしようとしたところ、強く反対し、バヤン・クトゥク《伯顔忽都》を皇后にした実在人物です。

このあたりの史実は、韓国ドラマ「奇皇后」と似た点が多いみたいね!

トゴン・テムルは、20歳を過ぎた頃よりバヤンの専権に反発するようになり、

1340年、バヤンと対立していた甥トクト(韓国ドラマ「奇皇后」のタルタルのモデルとなった人物)と協力して、トクトによる政変を実行し、バヤンを追放した。

とあります。

この政変の影響で、ブダシリ皇太后は、母子ともに追放されます。

しかし、今度は、新たにトクトとその父マジャルタイによる政権が創出。トゴン・テムルは、マジャルタイ父子の政敵と協力し、二人を寧州に追放しますが、新たな勢力をけん制するため、1349年、再びトクトを政権復帰させ、重臣間の政争に積極的に関与したみたいです。

トクトは、バヤンの甥で、幼少の頃に伯父バヤンの養子となっていたのも事実のようで、ドラマの設定と同じですね!

トクトは、バヤン追放の後、中書右丞相を務めたり、政権復帰した時には、中書左丞相、紅巾の乱の戦功により太師に封じられるなど、要職に就き、ずいぶん活躍したみたいです。

しかし、トクトに不満を持っていた皇太子アユルシリダラと奇皇后、他らによって、その地位を失い、追放となったそうです。

ここでも、奇皇后の権力が高官の人事にまで影響するとは、息子が皇太子になって以降、怖いものなし!ですね。

チュ・ジンモ演じる廃位された【高麗王ワン・ユ】は、実在か?

チュ・ジンモ演じる廃位された高麗王ワン・ユは、第28代高麗王の忠恵王をモデルにしていると思われます。

1315年生まれで、1328年、世子(13歳)として人質になって燕京で宿衛し、その当時、中書右丞相・エル・テムル(ヨンチョル丞相のモデルと言われる人物)と親交を深めました。

1330年、父:忠粛王から高麗王に譲位、冊立されました。

その後、エル・テムルの仲介で徳寧公主と結婚しており、帰国後は高麗を直轄領に編入させようとする元朝内部の議論に対し、強く嘆願し、これを阻止しました。

1332年、大青島に配流されたトゴン・テムルの身柄をめぐって遼陽行省と高麗が謀反を企てるという讒言(ざんげん)が報告されると、

元の文宗はその責任を問い忠恵王を廃位し、父:忠粛王を復位させました。

実際に、韓国ドラマ「奇皇后」のプロローグのように、トゴン・テムルの身柄を巡った争いがあったかのようなざん言により、廃位されていたなんて、驚きですね!

廃位後、忠恵王は、再び燕京へ召喚されますが、以前のように宿衛の任務に就き、エル・テムル一族とは、近い関係を維持したため、政治的に対立していた太保・バヤンから嫌われていたそうです。

エル・テムルの死後は、その一族まで粛清されため、忠恵王は、後見人を失い、

一方、バヤンが元朝の大権を握ったことにより、苦しい立場になりました。

結局、1336年に宿衛の任務を怠ったという理由で強制帰国させられました。

3年後、忠粛王の薨逝により、遺詔に従って、王位を継承(復位)することになりました。

しかし、瀋陽王・王暠を高麗王に擁立したいと考えていたバヤンの反対に遭い、元からは、正式な冊封を受けられない事態となったみたいです。

史実に残る忠恵王の悪事の数々について

王権の正統性に欠かせない冊封を受けることができない状況で焦った忠恵王は金銀や王室の宝物を元の有力者に賄賂として捧げましたが、冊封を受けることはありませんでした。

すると、ここから、次々と、驚く様な暴挙を繰り返すようになりました。

常に精力がつく薬剤を使用し、慶華公主、先王・忠粛王の妃・壽妃權氏や外叔・洪戎の後妻も含めて容姿が美しい女性であれば近親関係、婚姻の有無、身分などに関係なく手当たり次第奪い、強姦していきました。

しかも、忠恵王と関係を持った女性は、淋病に罹患する者が多かったと言います。

反省する色もなく、節制のない私生活を続けたのはもちろん、財政改革の名目に国王個人の内帑庫を補充したり、新宮建設のために収奪を強化するなど、失政を繰り返し、

「嬖幸」・「悪小輩」と呼ばれた側近が要職を占め、国政の乱脈を深めていきました。

結局、1343年、奇皇后の兄・奇轍をはじめとする高麗の親元派勢力は忠恵王の「貪淫不道」を指摘、高麗に新しい行省を建てて直轄領にしてほしい

と元の中書省に要請し、順帝の命令によって忠恵王を逮捕、広東の掲陽県に流刑に処され南下中、湖広の岳陽県で病死。

最後の瞬間には世話をする人すらおらず、包みまで自ら持って行かなければならないほど悲惨だったと伝えられているそうです。

このような悪いイメージがあるため、韓国では、番組冒頭で、

「実在人物ですが、ストーリーは、フィクションです」

というメッセージは、必須だったのかもしれませんね。

ドラマ情報

【キャスト】

・奇皇后役:ハ・ジウォン
・元高麗王(ワン・ユ)役:チュ・ジンモ
・タファン皇帝役:チ・チャンウク
・タナシリル皇后役:ペク・ジニ

監督
ハン・ヒ、イ・ソンジュン
脚本
チャン・ヨンチョル、チョン・ギョンスン

最高視聴率29.2%!

【あらすじ】

13世紀末から14世紀中頃にかけて、東アジアから東ヨーロッパにまたがる広大な領域を支配したモンゴル帝国の中国領であった元。

高麗の少女ヤンは元への貢ぎ物「貢女(コンニョ)」として、母や多くの女たちと共に連れ去られる途中、人質として同行していた高麗の世子ワン・ユの助けで逃亡。しかし、ヤンの母は追ってきた元の武将タンギセに殺されてしまう。伸び逃げたヤンは身を隠すため少年スンニャンに姿を変え、ワン・ユの叔父であるワン・ゴに仕えることに。

時が経ち、成長したスンニャン(ハ・ジウォン)は弓の名手となり、ならず者たちを率いていた。そのころ、ワン・ユ(チュ・ジンモ)は高麗王の座を狙うワン・ゴ(イ・ジェヨン)の密貿易の証拠をつかもうとしていた。ワン・ユは調査中に偶然知り合ったスンニャンを男と知りなからも、なぜか魅かれるものを感じる。

一方、元の皇太子タファン(チ・チャンウク)が高麗に流罪となる。元を牛耳る丞相ヨンチョル(チョン・グクファン)は、そこでタファンを暗殺する計画だった。高麗の兵士となっていたスンニャンはタファンの護衛を担当することになり・・・。

※引用元:「BSテレ東」より

【予告動画】

まとめ

いかがでしたでしたでしょうか?

確かに、実在人物のモデルは、複数いることが分かりましたね!

でも、ドラマのテーマに、”ふたつの愛 涙の誓い”とあるように、

ハ・ジウォン演じる「ヤン/スンニャン」と、チュ・ジンモ演じる廃位された高麗王「ワン・ユ」、チ・チャンウク演じる「皇帝:タファン」の3人の恋を描き、二人を引き裂いた復讐の出来事を盛り込むため、多くのフィクションが混ぜられていったことが分かります。

この韓国ドラマ「奇皇后」は、復讐劇といっても、ドロドロした感じではなく、皇帝が立派な人柄に成長したり、ヤンが貢女から皇后へと出世していくサクセスロードとして、ドラマの展開も早い見応えのあるドラマになっています。

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※この動画配信サービスの情報は、2021年10月現在のものです。配信状況については、各公式サイトで最新情報をご確認下さい。
※「奇皇后」に関する史実の詳細は、「Wikipedia」を参照・引用しています。

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