韓国ドラマ「オクニョ」☆史実に残る文定大妃と先王の暗殺事件との関連とは?

龍仁テチャングムパーク第11代国王中宗

朝鮮王朝第11代国王中宗の3番目の正室である文定王后(ムンジョンワンフ)には、様々な暗殺疑惑が残っています。

なんと第12代朝鮮王仁宗は、たったの即位後8カ月で病死したとして記録されていますが、実は、文定王后(ムンジョンワンフ)が関係した毒殺という説もあるのです。

そのため、この文定王后(ムンジョンワンフ)が登場するドラマの多くは、第12代朝鮮王仁宗の暗殺を狙う王妃として描かれています。

実際には、どんな王妃だったのでしょうか?

第11代国王中宗には3人の正室がいた!

文定王后尹氏(ムンジョンワンフ ユンシ)は、李氏朝鮮第13代国王明宗の生母で、李氏朝鮮第11代国王中宗の3人目の王妃になります。

端敬王后慎氏

まず、第11代国王中宗の一人目の正室端敬王后慎氏(タンギョンワンフ シンシ)は、中宗が即位前から結婚していましたが、国王を廃位された第10代国王燕山君(ヨンサングン)の正室の姪だったことにより、中宗の即位後7日目に同じく廃位の処分を受け、宮殿を追放されています。
>>>この端敬王妃は、韓国ドラマ「7日の王妃」で描かれています。

章敬王后 尹氏

中宗の二人目の正室は、章敬王后 尹氏(チャンギョンワンフ ユンシ)で、母方の伯母にあたる月山大君(成宗の兄)の夫人:昇平府夫人朴氏(実母である順天府夫人朴氏の実姉) に育てられました。

昇平府夫人朴氏は、燕山君に乱暴され自死したとの噂があり、また叔父の朴元宗(パク・ウォンジョン)は、燕山君を廃位したクーデターの中心人物と言われています。

また、同時に叔父の朴元宗(パク・ウォンジョン)の従妹である敬嬪 朴氏(キョンビン パクシ)も、中宗の側室として後宮に入りました。

そのようなつながりから、1506年、章敬王后 尹氏は淑儀の身分で中宗の後宮に入り、1507年、端敬王后慎氏の廃妃と共に王后に冊封されますが、1515年に世子峼(仁宗)を産んだ66日後に24歳の若さで死去します。

章敬王后 尹氏が逝去すると、次の中殿(王妃)に敬嬪 朴氏(キョンビン パクシ)の名前が上がりました。しかし、将来の世子(仁宗)と福城君(敬嬪 朴氏の息子)との間の王位争いを懸念した一部の臣下たちによって実現されませんでした。中宗は代わりに、彼女を正一品、嬪に昇格させて敬嬪に封じました。

しかし、敬嬪 朴氏(キョンビン パクシ)については、1528年の灼鼠(チャクソ)の変により監禁され、1533年に死を賜りました。

この「灼鼠(チャクソ)の変」(※宮殿内で焼かれた鼠が発見された事件。)は、後に、権力者金安老(キム・アンノ)の仕業ということが分かり、死後、復位されますが、

一説によると、鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)が、文定王后 尹氏のために行なったのではないかとも言われています。

灼鼠の変とは?】東宮殿の亥方に焦げた鼠一匹をかけておいて、また水槽の木の部分に方書を作成し、王世子を罵倒する誹謗中傷を作った。亥方は王世子(仁宗)が旧暦亥年生まれであり、この日は王世子の誕生日であり、鼠は王世子(仁宗)を意味した。仁宗を呪った仕業と判断され、敬嬪 朴氏が疑われ、母子ともに廃位・処刑された事件。
文定王后 尹氏

そして、三人目の正室として、まだ17歳という若さで文定王后 尹氏(ムンジョンワンフ ユンシ)は王妃に冊封されました。

父親は、貞熹王后尹氏(第7代国王世祖の正室)の弟の曾孫で、兄と弟が二人います。その弟の一人が、韓国ドラマ「オクニョ」で登場する尹元衡(ユン・ウォニョン)になります。

章敬王后 尹氏(チャンギョンワンフ ユンシ)が産褥死したたため、継妃であった文定王后が仁宗を育てました。

側室について

その他にも、中宗には、9人の側室がいて、王子や王女も複数いました。

しかし、第13代国王の明宗は世子が早世した4年後に逝去し、第12代国王の仁宗にも、王子がいなかったため、

中宗の第9王子 (第7庶子) で、側室の昌嬪安氏の息子である徳興大院君三男の河城君が、明宗の崩御に伴い、即位して第14代国王宣祖となりました。

側室の昌嬪安氏は、人柄が良かったため、文定王后に気に入られていたそうです。中宗の逝去後も、他の側室のように寺に行かず、宮殿に留まるよう命じるほどでした。

そのような関係から、明宗の跡継ぎとして、選ばれたのかもしれませんね。

韓国ドラマ「チャングムの誓い」の文定王后

王妃になってしばらくは、まだ、自身も若く、王子を産んでいないことから、韓国ドラマ「チャングムの誓い」での前半は、文定王后は、心優しく気遣いのできる王妃として描かれています。

その一方で、宮廷内でインス大妃や文定王后の食事に、大臣の内密の指示で毒を盛る水剌間(スラッカン)の最高尚宮(チェゴサングン)らが悪者として描かれています。

韓国ドラマ「チャングム」側の逆賊の勢力は、東宮の世子(仁宗)を支持しており、

韓国ドラマ「オクニョ」では、文定大妃たちの一派が、東宮の世子(仁宗)付きの女官である主人公オクニョの母を殺したり、東宮殿の他の女官が皆殺しにされた被害者側として描かれています。

様々なドラマを観ることで、時代によって、同じ人物が逆族としての立場を入れ替わっていく様子が分かります。

韓国ドラマ「チャングムの誓い」の後半の文定王后は、自身が王子慶源大君(キョンウォンデグン、後の明宗)を産んだ以降、医女チャングムの針で、東宮の世子(仁宗)を病死に見せかけて殺して欲しいとお願いする場面があるなど、殺意のある文定王后も描かれています。

このドラマでは、文定王后が医女チャングムに世子の暗殺を依頼したことが中宗にバレてしまいますが、

チャングムは文定王后に暗殺を断りながらも、中宗の「王妃の依頼内容を告白せよ!」という王命に対し、「自身がたとえ死罪となっても言えません。」と、王妃を庇い続けた口の堅さに好感を抱き、チャングムを側に置くにようになります。

チャングムを慕う中宗を見て、文定王后は、側室に迎える準備までしてくれますが、それを断り、医女として貫きました。

中宗の主治医として側にいたチャングムを、中宗は亡くなる直前、恋人の下へ行かせました。

自分が死ねば、チャングムが責任を問われ、死罪になる可能性が大きかったからです。

そのため、チャングムは、王の主治医でありながら、王の死の直前に逃げ出した医女として、お尋ね者になり、次の王の時代が終わるまで、その罪状は続く!と決定しました。

しかし、次の王(仁宗)は、一年も経たないうちに終わってしまうため、チャングムの罪もあっけなく消えてしまいます。

数年後、チャングムを気に入っていた文定王后は、チャングム夫婦と子どもを見つけ出し、宮廷に呼び出し、明宗の王の時代となったから、また、宮廷で医女をするように笑顔で命じます。

韓国ドラマ「チャングムの誓い」の文定王后は、世子の暗殺を企みながらも、主人公のチャングムをいつも助けてくれる、人柄の良い王妃として描かれています。

※視聴率や人気の高い韓国ドラマの「イ・サン」「トンイ」「オクニョ 運命の女」などを手掛けたイ・ビョンフン監督の見応えのあるドラマです。

韓国ドラマ「天命」に描かれている文定王后

韓国ドラマの「天命」に登場する文定王后は、すでに、中宗が病で倒れ、亡くなる直前頃からスタートするドラマなので、中宗が亡くなった後、仁宗ではなく、慶源大君(キョンウォンデグン、後の明宗)を次の玉座に就けるように、必死になって、仁宗の命を狙っている姿が描かれています。

ストーリーは、仁宗寄りの医官が暗殺騒動に巻き込まれて殺人犯に仕立てられ、自身の潔白を証明することが、仁宗を守ることにも繋がるため、お互い力を合わせ、協力し合って難を乗り越えていきます。

その中で、二人を陥れるため、悪役の黒幕同然の文定王后が描かれています。

幼少時は、周囲の目を欺くように、仁宗の良き母を演じながら、東宮殿(世子の住まい)を火事にして、焼死させようとしたこともあったことも描かれています。

この東宮の火事騒ぎは、史実にも残っており、文定王后の仕業では?という噂もあったそうです。

仁宗と慶源大君(キョンウォンデグン、後の明宗)は兄弟仲が良く、世継ぎを狙ったのは、文定王后の欲からだと表現されています。

文定王后のあからさまな仁宗への殺意が表現されていますが、心中は、「チャングムの誓い」よりも、真実に近いものがあるのかもしれません。

誰でも、前王妃の息子よりも、我が子を玉座に座らせたいでしょうからね。

韓国ドラマ「オクニョ 運命の女」に登場する文定大妃

この韓国ドラマ「オクニョ 運命の女」では、すでに明宗(ミョンジョン)が王となっていて、文定王后も”文定大妃”になっています。

韓国ドラマ「運命の女オクニョ」を視聴するにあたり、まだ若い明宗がどのような経緯で玉座に就いたのかを知っているのと、知らないのとでは、ドラマの印象が違うのではないでしょうか。

明宗(ミョンジョン)は、即位時、若過ぎたため、在位当初から8年間は、文定大妃が代理聴政を行ない、すべての実権を握り、母方の叔父(文定大妃の弟)の尹元衡(ユン・ウォニョン)が専横を振るっていました。

また、韓国ドラマ「オクニョ 運命の女」でオクニョを排除したがる尹元衡(ユン・ウォニョン)の妻・鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)も実在の人物です。

鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)は、中宗に仕える武官であった鄭允謙と側女との間に生まれ、幼い頃に家を出て妓生となり、尹元衡(ユン・ウォニョン)に出会ってからは、彼の側女となりました。

尹元衡(ユン・ウォニョン)の正妻死去後は、チョン・ナンジョンが正室となっていますが、この正妻の死因は、朝鮮王朝実録によると、鄭蘭貞によって毒殺されたと書かれているそうです。

尹元衡(ユン・ウォニョン)と鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)は、仁宗の暗殺にも深く関わっていると思われ、明宗即位後からは、文定大妃を親密に支えることで、尹元衡(ユン・ウォニョン)は、政治の最高権力者・領議政の地位に上り詰め、同じく鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)も外命婦最高の地位である正一品貞敬夫人(チョンギョンブイン)に命ぜられるなど、権力を振るって蓄財もしていきました。

文定大妃が亡くなると、後ろ盾を無くし、二人とも自害に追い込まれて亡くなりました。

そのような史実の流れの中に、架空人物のオクニョが、生母や自身が、文定大妃たちの権力欲に振りまわされながら、過酷な人生を歩んでいくストーリーになっています。

ドラマの主人公となっている勇敢なオクニョでなくても、歴史に名の無い人達が、実際には、権力の犠牲に合った人たちが多数いるのかもしれませんね。

史実の明宗・その後

第4代国王 世宗の王妃 昭憲王后を輩出した家柄の仁順王后 沈氏(インスンワンフ シムシ)を即位の前年に正室として迎え、明宗の即位と同時に王妃に冊封しました。

韓国ドラマ「オクニョ 運命の女」では、王妃の登場は無く、オクニョに恋する明宗が描かれていましたが、実際には、王妃や世子がいたことになります。

ただ、仁順王后 沈氏(インスンワンフ シムシ)は、1551年王子(順懐世子)を出産しますが、推定12歳ごろで早世していますので、韓国ドラマ「オクニョ」の第45話の頃は、順懐世子は亡くなった後という設定になっています。

しかも、ドラマ上では描かれていませんが、世子の死から4年後には、明宗も亡くなっています。(在位期間:1545年-1567年)

明宗には、王子は順懐世子のみで、数人いた側室との間には、子女がいなかったため、傍系から河城君(第11代中宗の庶孫で明宗の甥)が養子に入り、第14代国王 宣祖として即位しました。

その時、宣祖は、まだ16歳と若かった為、明宗の王妃が仁順大妃となり、垂簾聴政を1年間行ったということです。

【この時代を描いたおすすめ動画・参考にしたドラマ・記事一覧】
・韓国ドラマ「オクニョ 運命の女」
・韓国ドラマ「宮廷女官 チャングムの誓い」
・韓国ドラマ「天命」
・Wikipedia(文定王后)-https://ja.wikipedia.org/wiki/文定王后
・Wikipedia(明宗)-https://ja.wikipedia.org/wiki/明宗_(朝鮮王)
・Wikipedia(仁宗)-https://ja.wikipedia.org/wiki/仁宗_(朝鮮王)
・Wikipedia(中宗)-https://ja.wikipedia.org/wiki/中宗_(朝鮮王)
・Wikipedia(ユン・ウォニョン)-https://ja.wikipedia.org/wiki/尹元衡
・Wikipedia(章敬王后 尹氏)-https://ja.wikipedia.org/wiki/章敬王后
・Wikipedia(敬嬪 朴氏)-https://ja.wikipedia.org/wiki/敬嬪朴氏
・Wikipedia(鄭蘭貞)-https://ja.wikipedia.org/wiki/鄭蘭貞
・Wikipedia(灼鼠の変)-https://ja.wikipedia.org/wiki/金禧
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・韓国ドラマ「オクニョ 運命の女
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