高句麗が亡国となったきっかけは、意外な人物の存在だった!

ヨン・ゲソムン
ヨン・ゲソムンの人物画・画像元:Wikipediaより

高句麗は、社会科の教科書にも出ていた朝鮮半島の北方に位置する国ですが、当時、中国大陸から攻めて来る100万人の大軍をも跳ね退けたというほどの強固な国が、なぜ?滅んでいったのでしょうか?

韓国ドラマ「大祚榮ーテジョヨン」に、歴史の意外な真実が明らかにされていました。

隋を滅ぼした唐の存在と強硬派の淵蓋蘇文(ヨン・ゲソムン)の時代

618年李淵が隋を滅ぼして、「唐」を建国しました。628年に太宗の下で国内の統一を完了すると唐は対外強硬策に転じてきました。

周辺国は、次々と唐に潰されていく中、当時、即位したばかりの高句麗の栄留王(在位:618年-642年)は、唐の侵攻を恐れ、621年には百済・新羅と揃って朝貢に行くなど親唐派政策を行なっていました。

当時長城の築城監督を任されていた大対盧の淵蓋蘇文(ヨン・ゲソムン)は、親唐派政策が気に入らず、ついに、642年、第27代高句麗王と穏健派の貴族180人を殺害し、宝蔵王を第28代王に擁立して自ら大莫離支(高句麗末期の行政と軍事権を司った最高官職)に就任するという出来事がありました。

韓国ドラマ「剣と花」(2013年KBS放送、全20話、脚本:クォン・ミンス)でも、そのクーデターの様子が描かれています。

新羅・百済と高句麗との関係

その後、高句麗は、何度も唐からの攻撃を受け、一部の領土は奪われましたが、高句麗は、契丹などの周囲の諸国を攻撃して勢力拡大を図ったり、655年には、百済と共に新羅に出兵し、新羅からは33城を奪取することに成功しました。

新羅はこの事態を打開するため、唐に百済の討伐を求めました。

なぜ、高句麗ではなく百済なのかというと、唐は658年から659年にかけて高句麗を攻撃した際、この遠征が失敗に終わったという経験があったため、高句麗を攻撃するためには、その同盟国となっていた百済を先に滅ぼしてから、高句麗を北方からと、南方の背後から攻撃することで兵力を分散させ、挟み撃ちで攻撃することを計画したのです。

この結果、唐は新羅の要請をのんで660年に水陸合わせ13万とする軍勢をもって海路百済へ侵攻し、百済を滅ぼすことに成功します。

このあたりの状況は、韓国ドラマ「大王の夢」(2012年KBS放送、全70話、脚本:ユ・ドンユン、キム・ソンドク)内で、新羅から見た、高句麗・百済の三国の緊張関係や滅亡までの道のりが描かれています。

また、韓国ドラマ「階伯(ケベク)」(2011年MBC放送、全36話、主演:イ・ソジン)では、百済が滅ぶ寸前、5,000人の兵力で5万人の新羅軍を3回も退け、4回目の戦闘で戦死した英雄的存在の武将階伯(ケベク)を中心に、百済の滅亡が描かれています。

最高権力者の跡継ぎ騒動が発端!?

ところが、高句麗の柱となって唐に立ち向かっていた ヨン・ゲソムンは、666年亡くなります。

ヨン・ゲソムンが就いていた最高権力の地位である大莫離支(高句麗末期の行政と軍事権を司った最高官職)は、世襲することができ、ヨン・ゲソムンの長男ヨン・ナムセンが後継者となります。

しかし、兄弟間の跡継ぎ争いとなり、結局逃げ出したヨン・ナムセンは唐に服属しました。

韓国ドラマ「大祚榮(テジョヨン)」では、この経緯を、後継者として最高権力者となってまだ日が浅いころ、地方の巡視に出かけている間に、実弟と貴族が謀反を起こし、実弟が最高権力の座に就き、兄で最高権力者のヨン・ナムセンは、大逆罪人としてお尋ね者になってしまい、唐に投降し、唐軍を引き連れて高句麗を攻めてきたという設定で描かれています。

最高権力者に就いた長男にも関わらず、逃げ出して、助けを求めたのが高句麗の敵である唐とは、まるでドラマのシナリオみたいですが、実話に間違いないみたいです。

わずかでも最高権力者の座に就き、父のヨンゲソムンのサポートもしてきたのですから、高句麗内部の事情や各城の兵士や武器の内部機密、城内や周辺の地形まで、すべて熟知していたと思われます。

そんなヨン・ナムセンが、敵方の将軍となって攻めてきたので、北方の城のうち、要塞のごとく鉄壁の城2つをのぞいて、30以上の城が簡単に陥落し、唐軍は、都の平壌城まであっという間に進軍してしまいました。

史実に残るこの流れに、「大祚榮ーテジョヨン」のドラマ上のヨン・ナムセンは、「弟と支持した貴族を、唐軍のチカラを借りて追い出したら、自分が高句麗の復興をするつもりだった・・・」と、何度も言い訳をしながら、自分の行動に理解を求めます。

この頃から、今まで高句麗を強硬派として守ってきた強いリーダーのヨン・ゲソムンは亡くなり、もう一人の北方の城で唐の進軍を防いでいた将軍ヤン・マンチェは暗殺されたことで、

強いリーダー、みんなをまとめられるリーダーを欠いていました。

最後の高句麗王となったポジャン王も、ヨン・ゲソムンに立てられた力のない王であったため、大事な局面で、国内はどんどん内部分裂してしまったのでしょう。

このように高句麗は、ヨン・ゲソムンの死後、唐との和睦派と抗唐派との間、ヨン・ゲソムンの後継者争いで内部分裂が起きたことなどがきっかけとなり弱体化し、660年には百済が唐に滅ぼされたことで、唐軍・新羅軍に南北から挟まれた攻撃を受け、668年に滅ぼされたことになります。

ヨン・ゲソムン亡き後、ヨン・ゲソムンの息子の手によって、わずか2年で高句麗は滅亡しました。

【この時代を描いたおすすめ動画・参考にしたドラマ・記事一覧】
・韓国ドラマ「階伯(ケベク)」
・韓国ドラマ「大王の夢-王たちの戦争」
・韓国ドラマ「大祚榮ーテジョヨン」
・韓国ドラマ「剣と花」
・Wikipedia「唐」よりーhttps://ja.wikipedia.org/wiki/唐
・Wikipedia「高句麗」よりーhttps://ja.wikipedia.org/wiki/高句麗
・Wikipedia「淵蓋蘇文」よりーhttps://ja.wikipedia.org/wiki/淵蓋蘇文
・Wikipedia「ヨン・ナムセン」よりーhttps://ja.wikipedia.org/wiki/淵男生
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